『中央公論』2008年3月号、4月号
1、はじめに
以下では、『中央公論』2008年3月号4月号で取り上げられた特集や論文の内容に関し、特に印象を持ったものについて感想を述べたいと思う 。
2、論文への感想
ア「厚生労働省という犯罪」(3月号)
「厚生労働省という犯罪」という特集について、編集者の方によって以下のような強く重たい批判で特集が紹介され、この特集に特に力を入れているように思われた。
「年金は制度破綻。記録・管理さえもできない。
薬害を頻発させ、医師不足で今や子どもも産めない。
受け皿を奪われた高齢者は介護難民と化した・・・・。
これを犯罪と言わず何というのか」
特集の執筆者は、堺屋太一氏、岡光序治氏、村上正泰氏、川田龍平氏、水野肇氏といった、官僚組織に属していた三人の論者、そして政治家と評論家で構成され、実際に働き所属する者や厚生省内部に近い場にいる論者により、省内内部で抱える問題が暴露され、具体的改革の方向性が提示されている。
厚生労働省が起こす度重なる事件の原因として、川田氏は、薬害問題について、官僚・製薬会社・学者の癒着体質の構造をあげ、堺屋氏は、「官僚共同体」の形成、水野氏は、複合的な原因があるとしながら特に社会保険庁に有能な人材がいないことを大きく取り上げている。このように、各論文で重大な問題として取り上げられているのは、現在官僚職に就いている者の国民のために働くという意識の低さであること、であった。
堺屋氏が、公務員の制度改革と同様に、「国民の気持ち」を変えなければならないとして、次のように述べていることに非常に感銘を受けた。
「まず、官僚に頼るという気持を捨てることです。冒頭に申し上げましたが、『日本の官僚は偉い』というのは間違いです。今の官僚機構は決して良質ではありません。したがって、この人たちは頼りにならないという感覚を持たなければいけません。自分たちの力で国をつくるのです。」
本書の特集で内部の事情を詳細に知っている方々の論文で、厚生労働省や社会保険庁の実態や、現在の官僚組織が抱える問題が暴露されている。
それと欲を言えば、厚生労働省の「犯罪」について所管官庁内部の改革の方向を提示するものと、他に市民が何を期待しているかとのインパクトある論者の声も同様に取り上げてるとより一層よかったと思う。というのは、厚生労働省や社会保険庁について一般の市民は批判的になり不信感は募っているとは思うが、今現在年金や薬害問題について実際に身に降りかかっていると実感する人は意外と少ないと思うからだ。実際に私の周りでは自らの生活を考える場合と官僚組織の問題が乖離しているように感じる
イ「いま隣にある貧困」(4月号)
今現在日本が抱えている大きな問題として、格差やさらに貧困の問題がある。
近年格差は急激に拡大したとされており、4月号では、様々な視点からこれら問題を取り上げている。 自らの経験と貧困者の実態を知り尽くした雨宮処凛氏、日本の現在の社会構造について佐藤優氏、ネットカフェで暮す人々を取材し、貧困者の実態に詳しい水島宏明氏、福祉政策について岩田正美氏、行政の対応について葉上太郎氏、法律の問題について北健一氏、高学歴者の貧困について水島明氏の論文がある。
貧困問題で各論者が訴えるのは、雨宮氏の次の言葉に集約されるだろう。
「格差の最底辺に膨大な『貧困層』がいて、命すら脅かされていることに問題があるのです。彼らは食うや食わずの存在で、そちらのセーフティーネットは何もないままに放り出されている。それは、絶対的に救済しなくちゃいけないことなんじゃないですか」。
各論者によって貧困者の現在おかれている悲惨な生活の状況が明らかにされ、緊急な解決が主張されている。そして、論者達が強調するのは、貧困が派遣や請負など非正規雇用といった「働き方」や、家庭が貧困であるとその子どもも貧困から抜け出せない、といった形で貧困が生み出されていることから、「自己責任」ではない、ということである。
しかし、水島氏は、この問題に解消すべく支援すべき行政は機能しておらず、実態調査もままならないと述べ、葉上氏は、最低限のセーフティネットである生活保護にも見捨てられるのが現状だと論じている。また、岩田氏は、福祉政策のモデルが現在の「働き方」と家族の変化に追いついていないとする。 また、佐藤氏は次のように述べる。
「『貧困』という形で、ある一定層が固定するところまでいってしまうと、同じ国を生きる仲間としての同胞意識がなくなってしまう。そういう国家は崩壊すると僕は思います。」
このように、急激に広がっていく格差や貧困は、国家を崩壊に導くと警告する。
佐藤氏は、カール・ポランニーの『人間の経済』を引いて、資本主義経済導入後のソ連に起きた極度のインフレをロシアが現在の状態まで克服できたのは、ロシア人に一般市民と資本家が互に協力しあう相互扶助の精神があったからだとする。それに対し社会主義国の崩壊による油断と、新自由主義で生き残っていくための余裕のなさから、日本の資本家には、そういった相互扶助の意識が欠如しているとする。ただ、佐藤氏は資本家個人の問題ではなくこれは構造の問題であり、執行権のある人間が解答を出していかなければならないと述べる。
佐藤氏が上記のように「共感力」(同朋意識)の重要性をあげているのは、具体的な政策ではないが、行政や企業、そして市民に大きな問題意識の枠組みを提示し、考え方の方向性を示しており、非常に感銘を受ける。
ウ小説について(3月、4月号)
町田康氏の「夢のなかへ」がとても面白い。
はじめ、想像力豊かな主人公の頭の中での思考が中心に描かれ、また、一文が長く独特、という私にとってあまりなじみない文体に戸惑ったが、慣れると、主人公が相手とする第三者と主人公との実際の掛け合いと、続く主人公の思考がユーモアに溢れ面白く、流れるように、テンポ良く楽しみながら一気に読みすすめることができた。
また、連載小説ではあるが、一話で完結しており、途中から読みはじめても気にならないところもよい。
3、おわりに
最後に、『世界』や『文藝春秋』が格差や貧困問題についてどのように扱っているのかを調べてみた。
『世界』は、『中央公論』4月号と同様に同月号で「格差社会と増税論議」という特集を組んでいる。この特集では、様々な論文が掲載されており格差社会に対する批判として日本の経済体制、特に「小さな国家」や「新自由主義」といった日本の大きな進路が格差など根底にある問題だとする論文を多く取り上げている。
『文藝春秋』にいたっては、「格差」「貧困」「ワーキングプア」に関する特集は近年組まれていない。これらに関する論文は時に掲載されてはいるが、非常に少なく、また、特集が組まれていないことから、『中央公論』や『世界』のようにこの問題に相対的に重きをおいていない印象を受ける。
『世界』と『中央公論』が「格差」や「貧困」について特集を組んでいるが、二誌に掲載された各々の論文を比較してみると、『世界』の論者が格差問題を取り扱う際に「小さな国家」や「新自由主義」という日本の政治経済の大きな進路を問題として視点を置く論者が多く、一方、『中央公論』では、今何をすべきかといった具体的政策に重点をおく論文が多く取り上げられているように思う。
(間戸安奈2)
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